2016/01/27

中井一統の彫刻を求めて加西へ 千山寺

磯崎神社から千山寺へ向かいます。
向かい合うように山の中腹に建つ千山寺。

駐車場に車が停まり、何かあるようです。

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縄が張られ、護摩焚きの準備がしてあります。

ご住職に挨拶をし、丹波から来たことを告げると、笑顔で応対してくださいました。
初大師で午後から護摩焚き法要があるようです。

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本堂の立派な龍の彫り物。
龍の裏側に 「丹州 栢原 中井權次 正貞」の銘が彫られています。

このあたりで泊まり込んで、磯崎神社と千山寺の彫刻を彫ったのではないか、というご住職のお話でした。

山門を見てください、と言われたので、見上げると・・・

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門の両側に獅子噛みが!

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木鼻も立派です。

山門は建て替えられたそうですが、彫刻は残しておられるそうです。
こんなすばらしい彫刻が残っていて、ほんとうによかったです。

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お接待やからと、ミカンとたい焼きをいただき、ご住職に見送られてお寺を辞しました。



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2016/01/25

中井一統の彫刻を求めて加西へ 磯崎八幡宮

丹波は雪があまり積もらず、穏やかな天候になってきました。

先日、加西の神社とお寺へ中井一統の彫刻を見に行ってきました。

まず、下道山町の磯崎神社へお参りしました。

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ここには、赤穂浪士縁の奥野将監の屋敷跡があるそうですが、見るのを忘れました(^^;
多可町中区にそのお墓があるということなので、それも訪ねてみたいです。

鳥居をくぐり、参道を奥へ進むと・・・
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社務所(右)と茅葺トタン屋根の廃屋がありました。


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雪の残る石段を上がっていくと立派な社殿が!

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玉を持った雄々しい龍です。

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脇障子の裏に、中井權治正貞 青龍軒正貞のなまえがありました。


本殿にも立派な彫刻があります。

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こんなひょうきんなおさるさんの彫刻もありました。

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古い鬼瓦が並べてありましたが、いづれも立派なものでした。

次に、磯崎神社の向かいにある千山寺へ向かいました。

続きます(^^)/




2015/12/12

三柱神社の彫刻 (養父市中瀬)

国道9号線を鳥取方面へ走り、関神社前で左へ入ります。
この道は、氷ノ山や鉢伏方面へ行くときに何度も通っています。

途中に、中瀬(なかぜ)という集落があります。
以前は、金銀、アンチモンを産出していたそうですが、今は、海外から鉱石を輸入し、アンチモンを製錬しているそうです。

中瀬の北にそびえるのが、宝引山(ほうびきやま)という山です。
その登山口にあるのが、三柱神社です。
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先日、宝引山へ登った折りに、神社にお参りすると、ここにも立派な彫刻がありました。
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龍の裏には、「丹後宮津町 彫刻師九代目 中井権次 元丹波柏原」

と彫ってありました。

九代目の彫刻を見るのは初めてだったので、K先生にお尋ねすると、神鍋の方にもあるとのことです。
元丹波柏原 というところに、九代目のノスタルジーを感じると言われていましたが、私もなにか切ない思いを持ちました。



2015/12/06

五社稲荷の龍

先日、中井権次顕彰会の役員会で、五社稲荷の龍が落ちていたので、と八幡神社の宮司さんが持ってこられていました。

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裏側には、ほぞ穴があります。

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今朝、五社稲荷まで歩き、見てきました。

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これは、7月に撮影したものです。

龍の頭は、高いところから落ちたにしては、それほど傷んでいませんでした(^^)


五社稲荷の彫刻は、中井言次君音によるものです。

2015/11/08

中井権次の彫刻を訪ねて 但馬へ(朝来市當勝神社)

海鮮せんべいのお店でひと休みし、ふたたび豊岡道に乗って山東インターで下りました。

行き先は當勝神社。
まさかつ と呼びます。

720年創建と伝えられ、開運繁栄、万物創生、織物の3つの神様が祀られているそうです。

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勝 という文字が入っているので、戦時中からお参りが多かったそうです。
今も、但馬のみならず、丹波や播州など、遠方からの参りの人も多いそうです。

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随身門
力士が梁を支えています。

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門をくぐると、どっしりした社殿。

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何かに睨まれていると思ったら・・・
獅子噛の迫力に、しばし見とれてしまいました。

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その下には、唐獅子と龍のすばらしい彫り物。
芸術品と言っても過言ではないでしょう。

これらは、七代目中井権次正次作だそうです。

社殿の左奥にある當勝天神は、今の社殿ができるまでは、こちらが本殿だったそうで、こちらにも彫刻があります。
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四代目中井言次君音の彫刻だそうです。

當勝神社には、3つの見どころがあります、と研修委員のTさんより説明を聞きまた。
その一つは中井一統の彫刻。
二つ目は、稲荷社の1対の狐は、丹波佐吉の作品だということです。

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この数日後、柏原町北山で佐吉の狛犬を見ました。
丹波にはあまり残っておらず、奈良方面にはたくさんあるそうです。

3つ目は、後の台湾総督、逓信大臣などの養殖についた田健治郎が、養家の太田家を飛び出し上京する際に、その決意を社殿の柱に書いたものが残っているということです。
健治郎は、阪鶴鉄道や鐘が坂トンネルを作った田艇吉の弟で、柏原町の生まれです。
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以前、粟鹿峰から下山して捜したが見つかりませんでしたが、こんなところにあったんです。
暗くて見えにくいですが、決意のことばがその当時のまま残されています。

丹波ゆかりの人が関わりをもつ當勝神社、またゆっくりお参りしたいと思います。







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